「自分の名前の由来」授業-配慮が足りていますか?先生。

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先日、小学3年生の息子の学校で
「自分の名前の由来」を家族に聞きカードに書いて、授業で発表する。
という学習がありました。

 

 

とても「良い授業」だと思います。
親の愛情を知り「自分」は愛されて生まれてきたんだ。
何にも代えがたい大切な存在なんだ。ということを教えるには本当に良い授業だ。

 

 

ただし、そこに配慮があるのなら…ということですが、

 

 

私はアラフォーですが、私の小学校時代にも、この授業ありました。
定番なのですね。
私の名前の由来は、とても酷いものです。
そもそも「由来」など、ありませんから…
普通は「優しい子に育ってほしい」とか「立派になってほしい」とかの思いを込めるとか、祖父母や両親の名前から一字をもらってとか、そんな感じで名前って決めますよね?

 

 

「???」と思うキラキラネームを付けるパパやママだって、そこには、いっぱいの「愛情」があると思うのです。
そうでなければ、あそこまで、こだわった名前は付けれないはず。
それが例え「エゴ」だとしても、子供に大変な「関心」を持っているのは確か。

 

 

私の名前は両親が忙しくて「名づけ」をする暇がなく、出生届を出す前日にたまたま目に入った名前です。
考えたり、探したのではなく、そこに、たまたま出ていた表札の名前ですよ…
だから「由来」なんてない…
「愛情」も、もちろん感じられません…

 

 

ま、私の例は一般的ではありませんが、今は様々な事情な子が居ます。
名前を付けてくれた親とは暮らせていない子だって、たくさんいるでしょう。

 

 

息子の小学校では「父の日」や「母の日」に「お父さん」「お母さん」の絵を描くことはしません。
私が子供のころは、これも定番でしたが、今はしません。
父の日付近に行われる授業参観も「父兄参観」とはしません。

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なのに、この授業だけは今も昔のまま健在。

 

 

せめて、発表させたり、紙に書いて教室に貼ったりするのは、やめてほしい。
全ての子が「愛されて」生まれてきたわけではないのです。
そこも学校側は分かっていなくはいけない。

 

 

そして、もう一つお決まりのように子供達は
「お母さん、産んでくれて、ありがとう」って言うのも違和感…
ちょっと「洗脳」に近い感じで怖い…

 

 

さらに、お母さんは
「生まれてきてくれて、ありがとう」と言わなければいけない空気…

 

 

どちらも、みんなが素直にそう思えてるわけではないのに…

 

 

こんな意見は少数派、それは分かっている。

 

 

でもね、必ず居るはず「こんな授業やんなきゃいいのに…」って思ってる子が、親に愛されている子に対して嫉妬してる子が必ず教室にいるはずなんだ…
自分がどれだけ、他の子と比べて「悲惨な現実」に生きているのか再認識せざるを得ない子がね

 

 

こういった授業は「命」「自分」というものを考える時、本当に良いものだと思う。
だからこそ、学校側も覚悟を持ってやってほしい、そんなことを考えるのは「少数派」だと切り捨てないでほしい。

 
大抵の場合「少数派」「弱者」である場合が多いのだから。


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